初めての駐在~違いと変化を楽しむ暮らし

転勤で2016年から3年限定でフィリピンで暮らしています。日本では体験できないおどろきの毎日!

フィリピンの人々~シーズン2、お手伝いさんの続き

値上げ交渉とは

いや、わたし、

労働組合関係する仕事は1年しかしたことないから、

こんなに賃上げ要求が激しいなんて思ってなかったのです。

 

当時、500ペソで働いてもらっていました。

朝は8時~だいたい16時まで。

早く仕事がおわった日は早く帰ってもらっていました。

 

1年前の契約のときは、

「私はたくさんの雇用主がいるからSSS(社会保障)と交通費は、500ペソにすべて含めていいです」と。

 

そこから、今回は、

「SSSを毎月別払い、交通費70ペソ追加、日給も550ペソに値上げしてください」と。

 

???

 

たくさんのハテナがうかびました。

 

そして彼女、「我が家は週3回、ほかの家は週2回もしくは週1回だから」としめくくりました。

 

そうか、彼女の主たる収入源になっているということなんだね。

 

交渉は続く

でも、急に値上げ納得いかないし、同じ内容ですべて飲み込むつもりはありません。

一年フィリピンで過ごして強くなった私。

 

・基本の時間は17時までにしてほしい

・SSS全額は無理なので週3で計算してアシストする

 

お返事がなんと、我が家いつも早くおわらせていたので「16時からすべて他の家で働く予定がはいっている」と・・・。お、おう・・・。

 

希望受け入れてもらえないのに、要求を飲むわけにはいかず、

並行線になっていました。

 

事件はおこる

シェア先のお家で働いたあとに、ほかの家で追加の仕事をしたあと、

ピロピロリンとテキスト。時間は20時。

「マム、今すべての仕事がおわりました。とっても疲れたので、あなたの家のメイドルームで横になってから帰りたいのです。今、ロビーにいます。」

 

???

 

テキストを無視すること5分。鳴り響く電話。

メッセージを残す声。

 

テキストの嵐、そして、鳴り響くインターンホン(自宅のドア前にきた)。

 

こちらはお風呂あがり、兄が寝て、妹寝かしつけしていたのに・・・インターンホン。

 

ロビーのコンシェルジュに連絡して、ヘルパーを部屋によこさないでと連絡。

インターホンならされたから、うちの階警備員きてと依頼。

 

そして、お手伝いさんからテキスト。

「マム、なんで私を避けるの。悲しい。」

 

いろんな感情はありましたが、冷静に返信。

「子どもとお風呂にはいったり、寝かしつけをしていて、家に迎え入れることはできません。くわしいことは、つぎの仕事のときに話ましょう。」

 

結果

この上記の決定的事件以外にも、

友達がメイドさんを紹介してほしいと言っているから友達がいたら教えて、といっただけで「マム、私を解雇して乗り換えるつもりでしょ」など、2017年はいってからときどきひどいことを言われていました。

 

次の仕事の日に、「メイド部屋は、仕事をするときのあなたの部屋であって、あなたが自由に使える部屋ではない」ことを伝えました。

 

が、伝わってなかったのか、何なのか。

 

翌々日に、また同じことがおきました。

「マム、私は今とてもさみしい。ひとりで過ごすことができないので、あなたの家で子どもたちの顔をみさせてください。」

 

・・・手をかえてきた?笑

 

「私が許可をだすことはできないので、夫に連絡してください。夫がいいといったら来てください」といったところ、夫に鬼電、鬼テキスト。そして、夫会議中のためスルー。

 

そして、次のお仕事の日、朝から夫が面談して、即日解雇となりました。

 

まとめ

私、基本的にフレンドリーな正確です。それもあるのかな、「頼られすぎた」感じがあります。

マムにいえば大丈夫、マムならわかってくれる。

 

そう、お手伝いさんには「毅然とした態度」で接するべし。

 

私はこれを学びました。

 

兄はいまでもこのお手伝いさんのこと大好きです。英語も堪能だったし、おもしろかったみたい。

 

妹は、1年を通してまったくなつきませんでした。なぜ。笑

 

お手伝いさん、いろんな出会い方があり、

別れ方もさまざまです。

 

この一ヶ月後、我が家はぶじに帰任する友人からの紹介で新しいお手伝いさんを見つけることができました。